令和元年7月、4代目社長に就任しました  弱冠37才、3代目の応援も得て、いい家を造ります

幼少期苦しんだアレルギー経験。  そんな私だからこそ提案できる「本物の健康住宅」  同じ苦しみはあじあわせたくない。  家族の笑顔に囲まれていたい。

野沢建築4代目、野沢理(おさむ)です

私は、4250gのBig babyとして生まれました。

今でも大きいと言われますが、出産前の母のおなかは、はち切れそうで絶対忘れないと聞いています。大きく元気に生まれた私ではありましたが、3才のころ、小児ぜんそくを発症し、親子共々、とても大変な時期を過ごしました。

夜になると、「ゼーゼー、ゴホゴホ」
少しの運動でも、「ゼーゼー、ゴホゴホ」

季節の変わり目ばかりではなく、なにもない時でも突然に発作がおきました。
特に夜中の2時頃になると、鼻がヒクヒクして、ゴホゴホが始まったそうです。そして「お母さん、苦しいよぉ~」と母に訴えていたそうです。

母が、私を抱きかかえ、父が、弟をおんぶして病院まで車を運転し、病院について、吸入治療をしてもらうと、家に着くころには、スヤスヤと眠っていたそうです。

家づくりは、幸せづくり
4代目 野沢 理

さらには、花粉症、アトピーなども発症し「アレルギー体質のお手本」のようでした

とても辛かったので、今でも鮮明に覚えています。

ぜんそくのせいなのか、アトピーのせいなのか、幼い頃の私は、とても消極的で、いつも母の後ろに隠れるようにしていました。

小学生になっても、ぜんそくの発作は、なかなか良くならず、友達と一緒に遊ぶことも出来ませんでした。

子供心に「なんで、僕だけ・・・」と、いつも思っていました。親を怨んだことさえあります。

いつも、どこかがかゆくて、無意識に搔いていたり、搔いたところが、またかゆくなって、さらに、ぜんそくが追い打ちをかけるような壮絶な日々でした。

だから、幼少期は、「ぜんそく」や「アトピー」の辛い思い出ばかりが残っています。

ぜんそくを克服するために、少年野球に入ったり、水泳教室に通ったりもしました。その効果があったのかどうか定かではありませんが、中学に入るころには、ぜんそく症状も出なくなり、「普通」の生活が送れるようになりました。

母の後ろに隠れる少年でした

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